2014年1月27日月曜日

【九紫祐気】社会科の凋落ぶりに刮目(かつもく)せよ!

九紫火星の皆さん、こんにちは! そして九星の皆さま、いつも応援ありがとうございます。本記事は余りにも問題が多すぎる我が国の義務教育について、気学的な見地から抽出(ちゅうしつ)し俯瞰(ふかん=高いところから見下ろし全体の状況を把握すること)してみたく思います。どうぞ、ごゆるりと考えて参りましょう。

民主党なる不勉強な寄せ集め政党が、我が国の国体を毀損(きそん)し続けた時代は、3年半も続きました。その間我が国は歴史上、最低最悪の権力者、もう顔も見たくない愚か者たちの酷い老醜を拝見させられ多くの人々が愚かな選択をしてしまったことに猛省の日々でしたね。これからは気学の徳を中心に徳の在り処(ありか)を探し続けましょう!







【本来的には九紫性そのものが教育だというのにも関わらず】

  • 指導する行為=これはすべての学びについて言えることだが、先生が行う授業、その全ては九紫祐気
  • 教育者は歴史の真実や正しいことを、感受性強き少年少女に偏向せずきちんと教える倫理上の責務がある
  • 正しいことを正しく伝える、それが教育者の正しい在り方である
  • 誤っていることを最もらしくプロバカンダ(宣伝)するような者は、一分も教育者としての資格はない
  • これら公務員(教員と名乗るもおこがましい)は非常に強い九紫剋気発動者であり、本来的に我が美しき国家において、教育者の名を語る資質などあろうはずもない

※戦後民主主義の美名のもと、多くの教員が当時のマルクス主義盛んな社会党左派や共産党にコロっと宗旨(しゅうし)替え、生え抜き左翼教育公務員の養成は爆発的に進行し、60~70年代において学校現場において凄まじく強い日教組教育の旗が振られた。今でこそ革命が起きる寸前のような時代背景ではなく、組織率は激減しているが、公立校においては未だ強烈な力を持ち、一部の心ある私立小・中学校で教育されなければ「支那、朝鮮のご機嫌取りに終始した人間にでもなれ」と言わざるを得ない社会科授業を、平気で続けている。



【落ちも落ちたり、学校教育】

学校教育、神社やお寺での教育、キリスト教会での教育など全ての平常な場所での人為的教育は九紫性です。徳育は道徳教育、食育は食事教育、体育は運動教育、知育は知識教育、才育は才能教育、これらは五育(ごいく)と称されます。しかし教育の中で、一番立ち遅れているのが学校教育そのものだ!・・・と笑うに笑えない現状があります。さて戦後民主主義という悪魔を育てるような長い期間、最も大切と断言して余りある教育、それは気学の立場で決めさせて頂くと断トツで徳育ということになります。戦前戦中においては現代の道徳などというゆるい教科名ではなく、修身という名で子どもの本分、親への感謝、社会に下座(げざ=下座、末座)する心、など様々な祐気を直接子どもに伝えてきたのです。修身・・・それは国民が作っていくべき、とても大切な人の生き様を教えるものです。日本再興の暁には修身が学校の教育現場で遂行されるようになっていたらどれほど素晴らしいことでありましょうか?


【この辺りの日本人のいい加減さ(柔軟性とも言える)、好きです】

日本はかつて、そして今も異常すぎるカルト宗教の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)が目に付く国ではあります。そして無信仰人の多くは宗教団体に気味悪さを感じ、関連施設が出来る場所が発表されると、近隣住民による激しい抗議行動が行われることも多いです。しかし不思議なことに日本人は宗教嫌いなはずなのに、年末年始にかけてクリスマス、大晦日、元旦、七草など一体何を信じているのだ?!と突っ込まれても返す言葉もないくらい、見事に宗教を遊びに変換させて特段、なんの反省もしない、実にゆるく、柔らかい視点を持った民族と言えます。このことについては様々な見方がありますが、「別にこういうお祭り騒ぎが好きな民族だから、仕方のないことじゃないかなあ」と私も肯定的に考えています。



ま と め

  1. 現在の小・中公立学校には子どもへの指導法や心無い、腐敗しきった教育が蔓延し過ぎている
  2. 特に中学生という多感な時期の子どもに、日本兵が支那・朝鮮で暴れまわり、殺戮の限りを尽くしたという中韓のプロバカンダが入り過ぎた、嘘八百でおぞましい教科書を使っている学校が大多数となっている
  3. 日本も新しい歴史教科書作りを進め、国内にも心ある人たちの支援の輪が広がってきたことは大変好ましいことである
  4. とはいえ、国内公立の社会科教員は、労働組合の上部組織・連合を支える大組織・日教組に洗脳された者が相変わらず多く、街角の優秀な青少年にも論破されるか如きの低水準な偏向教育しか出来ない教員がほとんどではないだろうか?
  5. 宗教を毛嫌いしながら、クリスマスという宗教イベントを思い切り楽しんでしまう日本人の軽さはキリスト教国に失礼ではあるが、思いつめない柔軟性は評価に値する



『編集後記』

私どもが中学生だった頃にも反日教育(自分で自国を蔑む信じがたい日本の教育)はありました。しかしごく最近の教科書を見ると南朝鮮のテロリストがたくさん紹介され、百姓一揆や権力者への暴力などを是認する全く陽出ずる国・日本の特性を取り上げない酷い教科書になっていて驚愕しました。極々最近、嫌いな国として世界中から笑いものになっている南朝鮮や支那ですけれども、本当にこの国々には衛生観念や譲り合いの想念が全く以てなさ過ぎます。
日本人は培われた勤勉さと世界最強の工業国家のプライドを胸に燃やして歩んでいくべきです。安倍晋三総理は本当によくやってらっしゃると頭が下がります。これからも益々、光り輝く日本国たるよう、それぞれの持ち場で頑張っていきましょう。

この人生に、皆様との出会いに感謝します。

誠にありがとうございます。




【九紫火星】天皇陛下を慕いて神棚祀りを実行しましょう!

九紫火星の皆さま、こんにちは! 全九星の皆さま、毎度お世話になります。本記事は皇統連綿(皇室が絶えることなく綿々と続くさま。皇統は天子・天皇の血統。連綿は長く続いて絶えないさま。「連綿」は「聯綿」「連緜」とも書く)万世一系(永久に一つの系統が続くこと、多くは皇室・皇統についていう。「万世」は永久にの意。「一系」(同じ血筋)を貫くことの意。2600年もの歴史を有す天皇陛下について少々書かせて頂きます。

神社・・・私は本当に好きです。日本中の大きな神社から町や村の氏神様まで、ドライブしててよさ気な気を発している神社には、ついつい寄っては参拝してしまいます。参拝に匹敵するものは神棚をご奉戴させて頂き、出陣時に神と語り合う・・・この往還はとても効果的ですし、他人に対して優しく接することが出来るようになっていくことでしょう。
 





【三種の神器の時代に思いを馳せよう】

  • 鏡は神社の御神体の一
  • 八咫鏡(やたのかがみ)伊勢神宮所蔵、
  • 剣は神社の御神体の一
  • 天叢雲劍(あまのむらくものつるぎ)熱田神宮所蔵 
  • 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)宮中所蔵
  • 勾玉は先史・古代の日本における装身具の一
この三つを以て、神は天皇陛下をお使いになり日本国を統治していると考えて差し支えありません。
 


【神棚祀りの重要性を説く】

神棚祀りの際は真ん中に必ず鏡を置きます。祀りにとって一番大切なことは、鏡を通し自分の心を映し出すこと。そして自分の心の中にも神性(=神が宿っていること)が宿っていることを早く知ることが大切です。今一度神棚を設置する方位や手順を復習してみましょう。
 


【神棚祀りの復習】

まず神棚を祀る方位は南向きです。家の中心から、西北の部屋に向けて設置する。格式の最も高い部屋で、陽気が最も強い位置が定まれば言うことはありません。家の様々な特徴のせいで南に向けられなかったら、今度は東方位が良いです。とにかく明るい方位に向かって設置するのが鉄則です。
 


【デキる経営者は毎朝、祈る】

神棚への参拝に対する形は、信仰心が無い人から見ると単に神棚という物体に祈っているかのように見受けられるようです。しかしその実相は、当然、神は実在します。故に毎朝、神棚に対し神の御姿を想像し、神と自分自身との心からの対話を日課にすること。経営者や組織のリーダーはこのお参りで得た想念を大切にして、両者とも一日一日を大切に生きていかれて下さい。
 


【お巫女さんは清々しく可憐さが漂う】

九紫象意には「何らかの対象を写す」という重要なポイントがあります。例えばカメラ、現像された写真、スクリーンいっぱいに広がる映画、日常生活における情報源としてのテレビ、そしてこのブログなど(笑)私共の生活はモニター、現代人は画像に縛られ過ぎている感じを私は持ちます。夫婦の時間をゆっくり取りたいので私たちは三年前、リサイクルショップにテレビを売却しました。まあ、ひとまずそれは置いといて(^_^;)、まずここでは冒頭に出てきた鏡の話をさせて頂きます。格式高い大きな神社に行くと、何とも美々たる袴姿で神事のご奉仕をするお巫女(みこ)さんに出会うことが多くありますね。あの長くストレートな黒い長髪は光を反射し、何故かしら、とても神々しく、そして大変美しくいつも私の目には灼きつけられているのです。それもその筈、神社におけるお巫女さんの存在は九紫の祐気に該当しているとのこと、「嗚呼(ああ)やっぱり神々しいわけだ・・・」とそれを知った時、心の底から納得できました。
 


ま と め

  1. 日本国が世界中から愛されるのは、美しい日本人の精神性とそして世界最強の王、天皇陛下を戴いている霊性の高さに対してのものが大きな要素
  2. 宮中、熱田神宮、伊勢神宮に所蔵されている三種の神器は日本がただの一国家でないことを知らしめている
  3. 神と天皇陛下に敬虔(けいけん=敬い慎むこと)な心があるならば、正しい方位に神棚を祀り、一日の弥栄(いよいよ栄えること)を祈念してから出社しよう
  4. 神棚へのお参りを毎朝、出勤前に行い、心鎮めて職場に向かうと良い一日になる可能性高し
  5. お巫女の美しさは九紫象意。道理で神々しい女性が多いわけである
 


『編集後記』

私が、えも言われぬ美しいお巫女さんを見たのは、今から10年以上前、甲府・武田神社でお神酒を振舞っていた、年の頃は17歳くらいの目映い程の清楚性と、凛として若干冷気を発しているかのような美しさに息を飲んだt時のことです。不謹慎な連れは「東京に持って帰っちゃいましょうか」などとふざけた暴言を口にしていましたが、あれ以降、あれほど美しいお巫女さんを見ることもなくなりました。きっとそれは私自身から若さの祐気をあまり発せぬようになったこととも関係していると思います(^_^;)
 


この人生に、皆様との出会いに感謝します。
誠にありがとうございます。





2014年1月24日金曜日

九紫火星「お手紙の往還から放出される祐気」など

九紫火星の皆さん、こんにちは! そしてご愛読頂いている九星の皆さま、その後お変わりありませんか?

刷られ配布される印刷物は九紫性を有します。個人間での手紙のやり取りは送る側が九紫祐気を、返信する側は四緑祐気を確実に得られます。思いを馳せている人へ向けて心を込めた文章を書き連ねてはいかがでしょうか。また本記事は印鑑押印の重要なツボ、お洒落をして街に出てみることも九紫祐気に繋がることを示唆しています。

 





【印刷物から手紙まで~広い九紫性の範疇(はんちゅう)】

  • 物を書くこと、印刷することは須(すべか)らく九紫性

  • 印刷物、書籍、新聞、書画、有価証券、手形等々に至るまで、芸術性や経済性に何ら影響をうけることなくそれらは九紫性である

  • 個人から頂いた手紙も、九紫性に該当する

  • 手紙は相手の感受性に働きかける、とても有効な手段

  • 手紙のやり取りが恒常化すれば送付側は九紫祐気、頂いた側は四緑木気の祐気に満たされる

    四緑木星は信頼関係を司(つかさど)る星。手紙に返信するのは九紫性。相手の信頼を勝ち取り、両者ともとても大切で、素晴らしい祐気に包まれます。  


    【信頼を増強させる力・文通】

    巳・酉・丑(みとりうし)の巳(み)は四緑性、故に信頼と連環します。手紙を頂いたら必ずすぐ返信することが大切で、この往還を繰り返すごとに信頼関係は加速度的に上昇すること間違いなしです。是非、四緑の祐気を頂きつつ、闊達(かったつ=心が開き、物事にこせこせしないこと、度量が広く融通の利くこと)な書簡往還で是非、四緑祐気と九紫祐気、この二つを駆使出来るようになりましょう。手紙は直筆で、贈る相手のキャラに併せて便箋や封筒を揃えるなどといった本来的な書き方もありますが、堅苦しいことは抜きにして、この時代においてはE-mailでの交換も文通に近い効力を発してくれると思います。  


    【九紫剋気・印鑑押印には気をつけよう】

    南方位の<九紫剋気には印鑑押印のミス>という落とし穴があります。一番厄介なのは自分が押印した記憶のない書類に、うっかりミスなどで、印鑑を押印してしまっていることではないでしょうか。日本は役所が印鑑にお墨付きを付与してくれる印鑑証明書があり、他国とのサイン社会とは全く比較にならない程の権威を実印は有しています。ですのでこのセンテンスの主人公は社内的に、もしくは社外的にも大変なミスをしてしまった科(とが=過ち、罪)で厳しい局面を経たことが想像されます。 
     


    【印鑑押印は午前中に実行】

    印鑑を押す時は是非、午前中にしましょう。契約ごとの際は陽の高い午前中に来社するよう、相手に伝え明るい日中に自分の心を込めて押印する・・・これは契約ごとにおいてとても大切なメソッドですので、心に灼きつけて下さい。そして実践を続けていけば、必ず午前中以外は押印しない人へと変貌を遂げていくでしょう。午前中以外に押印しないことは、九紫祐気の摂取を一回取るのと同様なくらいの力を有します。  


    【改めて素数の意味を解説】

    前段で印鑑を通して契約というものが、成り立つことについて触れましたね。契約とは基本、恒常的に数字を巡っての売る側、買う側における攻防戦でもあります。気学では全ての星に素数が宛(あて)がわれます。九紫火星の素数は二と七。そもそも素数とは1またはその数自身の他に約数を持たない生の整数を指します。素数は一の位でも2、3、5、7と四つもあり天文学的数字に至るまで無数に存在します。前述した通り九紫の素数は2と7。自然の摂理として南(九紫)方位に向かって行動していくと2と7の縁ができることを示しています。  


    【見目麗しゅう美麗な男女】

    誰が見てもバッチリキマっている美しい女性に、目が行かない男はどうかしているのではないでしょうか? 華麗な装飾は九紫性です。美容用品や化粧品など女性の必需品を駆使してキメた状態で、表に出ていくのは九紫の祐気です。それに対してばっちりキマった状態で街に繰り出した男性も九紫祐気に該当します。社交場では美麗な自分をアピールし、人の感性に訴求(そきゅう=周囲の欲求に訴えること)します。キメて外出することは九紫祐気。社会生活において身なりをきちんとするということは最低限の流儀でありルールでもあります。ただだからと言ってあまりに度が過ぎると悪趣味であり、人の目からは不相応に映る。これは九紫性の障害とでも言えるでしょう。分相応な九紫性が祐気を起こす只中で究極的には社会の飛躍や発展に繋がっていくのです。  


    ま と め

    1. 印刷物のみならず、手紙も九紫火気に該当する
    2. 文通を通して信頼関係を築くことが出来、送付側は九紫祐気を、返信側は四緑祐気を得ることができる
    3. 印鑑(特に実印)押印の際、覚えのない(契約)書類に押印などしてしまえば、信用は急降下、人生に関わるほどの大問題に発展しかねない
    4. 間違った印鑑押印を防ぐためには、必ず陽の高い午前中のみに押印することが大切、午後に回って来た書類は絶対明日の午前に延期すること
    5. 見た目を美麗に、かつ馴染んで仕上げたファッションに決めたなら、何らかの社交場に繰り出し、九紫性を発揮しよう
     


    『編集後記』

    本記事は九紫性が存分に働いたなら、周囲にどんな影響をあたえるだろうか―ということを想定し、気学の概念と照らし合わせてまとめさせて頂きました。元来、私も人に対し書簡を送るのは大好きで、下手な仕事の記事より熱情を込めて書いたりしています。文中でも当世においてはE-mailもあり・・・と書きました。細かいことを言うならば、あくまで私の持論から鑑みると、やはりE-mailはPOP過ぎないか・・・と感じる部分もあります。しかしそんなことを云っていたら確実にシーラカンスの領域に私も入ってしまいますし、メールはメールの様々な良さがあるのは私も重々承知しています。いずれにせよ、誰かと心を通わせていたい・・・という想念は素晴らしい愛情の発露(はつろ=表面に現れること)であると言えるでしょう。
     


    この人生に、皆様との出会いに感謝します。

    誠にありがとうございます。





  • 九紫火星「本命星南回座は美徳も腐敗もさらけ出す」

    九紫火星の皆さま、こんにちは! 全ての九星の皆さま、毎回毎回ありがとうございます。ご自分の関係あるところだけをささっと読むには九星気学は、実は、本当は、不向きであります。何故ならあらゆる現象が連環して、密接に絡み合うのが気学です。「めんどくさい」というイメージを読者様に与えてしまっている危険性があります。拙者だけでもどこを読んでも面白く学べるブログを目指していきたく思っています。

    この学問に目を向けて頂き、皆さまの先見の明(せんけんのめい=先々のことを見通す能力や見識)に兜(かぶと)を脱ぐ思いが致します。本命星が南に回座すると今まで隠していた秘密が表面化し、多くの人にバレてしまいます。しかし素直に実直に、そしてたくさんの徳を生んできた方には、思わぬ方面から白羽の矢が放たれる可能性がありますよ!
     





    【本命星南回座と厄の関連性を見てみよう】

    • 本命性の南回座は頭の中の片隅で考え患ってきたことや、密かに思っていたことが表に出てしまう
    • わざわざ相手に言わなくてもいいことを、言わなきゃならない・・・という強迫観念に駆られ、そして本当に言わなきゃならない破目になり、人間関係などが多々崩れる
    • 諸問題を抱え厳しい状態で南に入ると離婚、リストラ、転職を余儀なくされるなどそもそもは自分が蒔いた種であったことにやがて気付く
    • 九星気学のこの部分を知っていたら、そういう状態にならないよう先手を打てるので、九星気学という燦然(さんぜん)と光る学問が伝承されてきたとも言える
    • 天地南北の作用と云い、前厄は南方位、本厄は北方位に該当する
     


    【天地南北の(離作用】

    本命星が北に入った時(入る年齢)を厄年とします。北に入った瞬時、本命星の周囲は漆黒の闇に包まれ真っ暗闇。星を擬人化すれば、暗中模索の只中、前方を予測しながら動いていくようなものなので、この一年は初心忘るべからず・・・慎重に厄年は歩んでいく必要があります。ただ一説によると厄だからといって諸事に対し、怯えるほどのことでもなく、意外と調子良くやれたりするという考えの専門家もおられるようです。
     


    【本命星南回座において推挙?! 国家の要職】

    • 議員から大臣まで役職付きで、どこからかの政党から推挙(すいきょ=人をある地位に就けようと推薦する)される可能性を持つ
    • これまでしっかり徳を積んできたという風説が地域を超えて大きくなり、推挙の決め手となる
    • 但(ただ)し、これまでの行いが所謂「身体検査」=狡猾に金品を授受されたりするなど、その人物の存在に悪いイメージや実際の不正があったか調べること)に引っかかったりすると、よほどの肩入れがない限りもう政治家は無理と考えるのが妥当
    • 反対に徳を多く積み、不正などとは全く無縁で地域などに良い奉仕活動を広めるなどしてきた人は、徳が成就してこういった国家規模の職務に任命される可能性がある
    • 九紫火星の人は控えめなタイプが多いため、敢えて受けて立った方が吉。これについて重要なポイントは、多くの人々から推挙されて受けるという形が素晴らしい。誰も応援していないのに自分で「やる、やる、俺がやる!」というタイプは六白剋気に該当してしまい、結果もあまり上手くいかない
    この問題で大切なのは選挙に出る、出ないは別にして町で多くの人から懐かれ、立候補ではなく推挙されるような厚い信望を有しているところが大きい。
     


    ま と め

    1. 本命星南回座は、ずっと強迫観念が絡んで残存していた隠し事を白日のもとに晒(さら)す力を有する
    2. 運気が良くない状態で南に入ると、リストラ対象者になったり、解雇されたり生きていくこと自体がつらくなる不幸現象が起こる
    3. 本命星が北に入ると本厄になり、視界がない真っ暗闇な空間で何とか予測しながら歩けている状態になる
    4. 徳を積み、施しをし、あるコミュニテイの中でも聖者のように思われている立派な人は「選挙に出てください」と熱願されるまでになる
    5. 前項目で書いたような聖者の如き生き方が出来るよう、歩んでいくのが九星気学の王道とも言えよう
     


    『編集後記』

    本命星南回座で厳しい剋気や心配事に悩む人が多い反面、本文中で現れた徳や愛に溢れた方の議員推挙の話は私の心に、心地よい涼風を吹き込んでくれました。自分も爺さんとかになって、少しは世の中が見えてきた時、推挙の話がきたら喜んで受けようかな・・・なんてはしたないことを考えてしまいました。文中にもある通り、私は誰一人応援がないのに「俺が、俺が」の六白剋気です(^^;) そして回顧すると随分昔の子ども時代から、信頼がないくせにいろんなポストを所望する剋気強い人間だったように思います。まさに森羅万象を司(つかさど)る運命学・九星気学の強さの一端(いったん=部分)を垣間見た気がしました。

    この人生に、 皆様との出会いに感謝します。
    誠にありがとうございます。




    九紫火星「心の目(心眼)を開き、若い自分を伸長させよう」

    九紫火星の皆さま、こんにちは! 他の九星の皆さまにおかれましても活発な学習意欲、とてもありがたく誇らしく思っています。何卒、本日もよろしくお願い致します。

    身体的な目があれば、対局に心の目も人にはあり、それを一般的に心眼と呼びます。相手の目によって今、どんな心持ちなのか、どういうことを考えているのか・・・気学実践者ならおおよそのことは判り判断できるようになると言われています。本記事では心眼について、さらには主に若者の成長に関して必要な思考回路などをまとめました。

    それではどうぞごゆっくりとお付き合い下さいませ。  






    【洞察力を深め心眼を開く】

    心の眼、心眼を開けるようになれば・・・
    • まず目は口ほどにものを言う―という厳然たる事実を理解する
    • 目を見れば相手がどんな人物で、何を考えているのかおおよそのことは理解し判断できる
    • 心眼は九紫火星及び九星の精神性、自身の心をクールに洞察する力を持つ
    • 人間は誰もが、どこまでいっても第一印象の相手のイメージに心とらわれる(九紫の祐気に該当)
    • ほかにも直感や第六感などは、天から人間に与えられた素晴らしい天賦(てんぷ=生まれつき、持ち前、天性)の才である
     


    【メラビアンの法則】

    アメリカUCLA大学の心理学者/アルバート・メラビアンが1971年に提唱した概念。人物の第一印象は初めて会った時の3~5秒で決まり、またその情報のほとんどを視覚情報から得ていると言う概念。メラビアンが提唱する概念において、初対面の人物を認識する割合は「見た目/表情/しぐさ/視線等」の視覚情報が55% 、「声の質/話す速さ/声の大きさ/口調等」の聴覚情報が38%、「言葉そのものの意味/話の内容等」の言語情報が7%だったと言われています。
    (出典・ウィキペディアフリー百科事典より)
     


    【大切なのは笑顔と服装】

    前述の法則から紐解(ひもと)くと笑顔や身なり、そして対人関係は周囲に大きな影響を受けるということができます。そう見ていくとある程度の服装や服飾品は必要であり、行き過ぎていない適度の九紫祐気を取ることが日常生活でも大切になるということができます。こういったことの積み重ねが自分自身への信頼となり、物事に対する視察をする力が高まっていくことに連環します。
     


    【十干・丙(ひのえ)と丁(ひのと)を人体で顕(あらわ)す】

    身体も左右対称であり、陰陽のバランスで成立している
    <身体の陰陽>
    • 左眼は丙(ひのえ)で、気は陽、人体の左側を司り(つかさどり=支配し管理する)、男性ホルモンが分泌され続ける
    • 右目を丁(ひのと)で、気は陰、人体の右側を司り、女性ホルモンが分泌され続ける
    人体を大きく真ん中で区切れば以上のように分析されます
     


    【南方位で花開く若き頭脳】

    頭脳の形は六白性ですが、働きは九紫に該当します。子女(男の子、女の子)には九紫祐気を得るために大いに南方位に行かせることで、学力向上や精神の安定が見出されます。反面、高校生以上~20才くらいの若い子が南方位を通ることはある部分で要注意とも見られる側面があります。この場合、離の作用が発動しますので繊細な時期に、離があまりにも多いと精神的にきつくなり、場合によっては茨(いばら)の道を歩くような青春時代になる可能性もあるからそう指摘されているものと思われます。そこをしっかり押さえておけば、独身時代の男女にとってとても良い方位となり、正しい精神性が養われるように仕組まれていくと言えます。
     


    ま と め

    1. 心の目、いわゆる心眼を身につけると今まで見えてこなかった様々な事象がはっきりと見え出してくる
    2. 心眼を持てば、自分自身の内省にも役立ち、さらには向かい合う相手の考えていることすら場数を踏めば理解できるようになる
    3. 人間の出会いにとって決定的な役目を持つのは第一印象であり、男女ともくどくならない範囲で最大限のお洒落をすることは大切である
    4. 人体の左右に関するエレメントは非常に対照的に類別されている
    5. 子どもには積極的に南方位の祐気を取らせてあげると、学力向上や精神の安定など好ましい結果が出てくる
    6. 独身の男女も正しい精神性を南の祐気から摂取できる
     


    『編集後記』

    「目、見えなければ、心の目を開け!」よく時代劇などにも、こういうセリフが使われることが多い感じがします。心眼を得るにはもちろんぐうたらな暮らしの中から得られよう筈などありませんね。十分にその人その人の持ち場で懸命に働き、懸命に学ぶ・・・その往還のなかで、流されずに自分の大目標に向かって前進するうちに、徐々に徐々にと心眼は開かれていくことでしょう。場数を踏んで是非、この心眼は手に入れておきたいアイテムだ(笑)と言えるでしょう。

    この人生に、

    皆様との出会いに感謝します。
    誠にありがとうございます。




    2014年1月21日火曜日

    九紫火星「離(り)の作用」

    九紫火星の皆さま、こんにちは! 九星の皆さま、いつもご拝読ありがとうございます。本記事では個別に有している南の気と北の気がそれぞれ引っ張り合い、いろんな作用が出てくる離(合)の作用について書かせて頂きます。どうぞ皆さま、本記事もよろしくお願い申し上げます。

    九紫火星ならではの離の作用。その作用を強く持つ九紫はある程度自分の星の成り立ちを鑑み、それを受け入れながらもあとは他の星と同じように楽しく元気に過ごす必要があるように思います。象意では神という祐気全開の言霊を頂きながら、それ故なのかつらいことが少なくない九紫火星。天から与えられた才能や才覚も半端ない点を銘記しましょう。  





    【離(合)の作用】

    それでは端的に離の作用についてご説明させて頂きます。
    • 離合集散(りごうしゅうさん)離れたり集まったりすることが離合、集まったり散らすことを集散と呼ぶ)の作用とも呼ぶ
    • 九紫火星は南方位の星であり、離の作用を有する
    • 離の作用を有する南方位は、連結されているものから非常に強く離れたがり、最終的には一つのものが二つに離れてしまう・・・これを離の作用と呼ぶ 
    • 後天定位盤において五黄中宮の際、九紫火星は南方位に屹立(きつりつ=高くそびえ立つこと)するが、その対局には合(合わせる、一つになろうとする)の作用を有する北方位の一白水星が入る
    • 一白の合の作用は二つのものが一つに一致し合い、一つの形として合わさる意味を持つ
     


    【結婚問題にも関連する離合】

    離合の考えで結婚問題に応(あた)るとすれば、結婚するなら一白(北方位)の祐気が大切となり、はたまた離婚したい、離婚に対する祐気を得たいと思わば南の祐気を取ることが必要となってきます。仲の良い夫婦が今まで以上の愛情を持って、互いに生きていきたいと思うならば北方位を取ることでその愛情は益々、進展を見せていくことでしょう。
     


    【覇道よりも遥かに大切な王道】

    「心底、今交際していることになっている女(男)と離別したい」、或いは「人のものになっている愛する男(女)を、今の相手と別れさせたい」そういったシーンにも離の作用を使うことはできます。こういった若干エゴイズムがかった状況での気学の応用を覇道(はどう)と言います。好きな人の女(男)をやっつけたい、上手く二人をコントロールして喧嘩するように仕組みたい・・・こういった観念は社会常識上如何なるものかとも思えますが、気学の応用でやってやれないことはない・・・しかし大いなるもの=神はじーっとその貴方の剋気を見つめていることだけはお忘れなきように・・・。覇道ではなく王道(気学の正しい使い方)を以て、事に当たっていくことの方が遥かに正しく純粋です。読者諸兄におかれましても、是非王道での気学ライフをお楽しみ下さいませ。
     


    【物事の裏も表も表裏一体である】

    離、そして合、実は相方とも両極端なポジションに感じ得られますが、実は表裏一体(ひょうりいったい=表と裏はほんの少しの違いしかない、ほぼ一体に近しい)であることが気学では紹介されてきました。天地南北の理とも言いますが、この辺りのポイントを上手く調整できるようになればコントロールも可能となり良縁成就などが成され、反対に悪因縁を断つにはどうすれば良いか? が少しずつ理解できるようになっていくと思われます。
     


    【別れが親友にも・・・九気で乗り越えよう】

    本命星が南方位に回座する時、離の作用を受ける。対象は五黄中宮時の九紫火星。家族・親族との離別、転職により遠方へ・・・、今までの後援者とも切れる確率高く、仲の良い人との別れもあると云うような兆候が出てきます。ここをしっかり押さえていればこれらのことが起きないように九星気学を駆使して事に立ち向かっていけることでしょう。まさに数ある九星気学の学びの中でも、個人的問題として絶対に離別したくない人との間で、離の作用が現実化しないために気学は大きな役目を果たしてくれることでしょう。
     


    ま と め

    1. 九紫火星は後天定位盤において、五黄土星をはさんで南方位に該当する
    2. 九紫は離の作用を強く持ち、対局の一白は合の作用を同じく強く持つため、互いに綱引きをしているかのような関係性がある
    3. 結婚するなら一白の祐気(北方位)、離婚するなら九紫方面(南方位)の気を得ることが大切
    4. 覇道という自己中心的な方位の使い方も九星気学にはあるが、やはり本来ならば正しい使い方である王道を往くべきである
    5. 表裏一体という言葉があるように、離(九紫)と合(一白)も同じく役目がまるで違うように思えるが、大局的に判断すると極めて表裏一体に近くなる特性を理解しよう
     


    『編集後記』

    五黄中宮年に五黄をまたいで追いかける一白と逃げる九紫。そんな風に考えたらちょっと滑稽(こっけい)でもあります。九紫を愛し(?!)どこまでも追いかけていく一白水星の合(ごう)と九星気学きっての「自由人」九紫火星の離(り)、気学と言うものは人それぞれいろんな解釈ができるし、正しい解釈以外のインスピレーションであってもご自身の想像力で収斂(しゅうれん)していくと、意外な真実を見いだせうる性質を持っているのかな・・・と私も時折考えています。
     


    この人生に皆様との出会いに感謝します。

    誠にありがとうございます




    九紫火星の剋気・2【凶家相から戦争まで】

    九紫火星の皆さま、こんにちは! 全九星の皆さま、いつもありがとうございます。本記事では南の凶家相や九紫由来の争いごと、ほか諸々の九紫剋気について書かせて頂きます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

    刃物全般を九紫と見ることから始まり、警察沙汰、裁判沙汰全般を九紫とするところまでなかなか強めの剋気が集中している感のある九紫火星。また南の凶家相は艮(東北)方位からの影響を受ける上に、後天定位盤で対局となる一白水星も九紫の顕現化現象によって、今まで一白の祐気で隠していたことが明るみに出る可能性がとても強いので、要警戒。
     





    【口上と南の凶家相】

    • 気学では九紫火星の特徴として頂点、尖(とが)る、刃物を九紫とするという部分がありこれは九紫の剋気としてカウントされる
    • 「こいつめ、死ねぇ!」、「この馬鹿者、三途の川まで俺の刀が送ってくれるわ!」いわゆる斬り合いの口上は鬼気迫る剋気
    • こういった口上には互いが互いの生命を断たせてやるという凄まじい殺気が含有されており、お互いの心象・感情に非常によろしくない
    • こういった口上に至るまで関係を悪化させる前に、まずは相手の話を受け入れることが肝要である
    • 南の凶家相は艮(東北)との相関関係がつきまとう
    • 人間関係が悪い、眼が悪い、頭が痛いなど首から上の障害が主訴(しゅそ=患者が最も強く訴える症状)となる場合、人間はどうしてもけなしたり、暴言を吐くことが少なくない、これも九紫剋気の一。
     


    【まとめ・南の凶家相】

    • 南方位の欠けは凶家相
    • 南にトイレ、流し、風呂などの水場は凶
    • 家相の艮部分の使い方も同様に影響する
    • 南は火気が充満している
    • そのため南方位には水場は相容れない定め、南に水場はNG

    「ああ、確かに四年前にあんなことやったな!」 現象として顕現化してくる四年目、今起きている貴方にとってのトラブルはその時の剋気が現象化し始めたということを踏まえましょう。  


    【本命星南回座で諸事が表面化する】

    一白から八白までの本命星が南回座し同会すると、各星とも今まで隠してきたことが明るみになり表面化してきます。九紫火星は五黄中宮年に確実に南に在り、対局には一白水星が入ります。北は秘密や口外できないようなことを隠す作用がある反面、秘密保持のために一白祐気を取りすぎると顕現化現象が発動しやすいということできるでしょう。南方位に引っ越すとたくさんの隠し事が一気に放出してくる危険性もありますので、秘密を保持したい方は十分にお気を付けて下さい。
     


    【九紫由来の公難・争いごとも少なくないです】

    公難(こうなん)とは文書や印鑑、保証問題を始め「書類上のミスから公難に遭う」、或いは「火難・海難事故に遭う」、特に病気に注意せよといった多岐にわたる意味を持つ用語です。
    • 争いが激化し警察沙汰、裁判沙汰になる
    • 契約すべきではない相手であったり、契約書に不備があるものに、印鑑をついてしまうことなど失敗が重なる
    • 裁判沙汰も印鑑押印についても運がないことを指す
    • 様々な損害を受ける

    • 訴訟リスク増大で刑事事件に発展するリスクが高まっていく

    • 戦争・・・究極的な公難であり、国家間における最大水準の剋気と言えよう

    元来、九紫の剋気は公難を招くと言われており、全ての争いごとは九紫由来とされています。争いあうことが互いの感情を高ぶらせて、心を傷つけあう結果となります。家庭内での夫婦ゲンカ、親子の相剋(そうこく)など争いごとが絶えない家庭や親族であることをまず素直に認めること。その魂を改めた時点から、新しく争いが少ない家庭が顕現されてくることでしょう。  

    ま と め

    1. 歌舞伎などで、現代にも繋がる切り口上を有するのは九紫剋気の顕れ
    2. 南の凶家相は艮(東北)との相関関係がつきまとう
    3. 人をけなしたり暴言を吐くことなども九紫剋気の一
    4. 東北の凶家相、南の凶家相と凶家相の問題が折重なっている
    5. 首から上の病気は九紫剋気
    6. 本命星南回座で隠し事が表面化しやすい
    7. 後天定位盤の五黄をはさんで対局にあるのは一白水星、九紫の顕現させる力が一白の隠す力と相剋しあう
    8. 書類ミスから戦争に至るまで九紫由来の争いごとはとても多い
     

    『編集後記』

    こうやってまず剋気のみをピックアップして書かせて頂いておりますが、神は九紫火星の剋気を使って私どもに魂の禊(みそぎ)を迫られているのかなあ・・・そんな風な印象を持ちました。一白の祐気は九紫の顕現性により吹き飛んでしまいそうな様相を呈して参りましたが、本当に隠さなきゃならないことは(隠すことの方が善に繋がること場合)きっとあなたのその切なる祈りによってカバーして頂けるのかも知れません。大切なのは物質よりも思いの世界であるということは明らかです。一切は神にお任せして、私どもは日々の生活を謙虚にかつ懸命に生きる以外にないと言えるでしょう。 この人生に皆様との出会いに感謝します。 誠にありがとうございます

    【九紫祐気】社会科の凋落ぶりに刮目(かつもく)せよ!

    九紫火星の皆さん、こんにちは! そして九星の皆さま、いつも応援ありがとうございます。本記事は余りにも問題が多すぎる我が国の義務教育について、気学的な見地から抽出(ちゅうしつ)し俯瞰(ふかん=高いところから見下ろし全体の状況を把握すること)してみたく思います。どうぞ、ごゆるりと考え...